それからしばらくした足立区梅島駅近辺、いつもの居酒屋。 「まあさ、わかんねえけど、勝ち狙いかな」
梅島組の大将わきち(板金屋30歳)はK−RUNの常勝男で伊藤やマンジの師匠でもある。愛機はモリワキ仕様のVTR−Fだが、日光で乗る予定のR6ならばさらに速く走れるのは間違いない。もちろん土浦ではダイちゃんよりも全然速く、また知り合ってから20数年来のライバル関係にあるカイに対してもここのところ完全にリードを奪っている。つまり身内には、敵ナシなのだ。ちなみにわきちのもてぎフルコースのベストタイムは、2分9秒台である。
「俺たちも勝ち狙いだっつーの」 ライバルだと思い込んでいるカイが噛み付く。 「自分のバイク買ってからからモノ言えよ、ボク?」
わきちは噛み付かせない。カイのバイクは親父名義のCB−400SFという、己の速さを誇示するにはなんとも説得力のないイージーバイクだ。
「わかんねーじゃん、レースなんだから、やってみなくちゃよ?」 おまえにゃ負けねえよ。 吐き捨てるように言い放ったわきちの目はいつも通り酒で黄色く濁っていたが、自信に満ち溢れていた。
「ナンシーも来てくれるんでしょ?」 ああ、監督として応援しに行くよ。 「よろしくたのむね、勝つからさ」 おう。 その夜は、当然いつもより酒の量が多くなった。
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